CAPM(資本資産価格モデル)
この記事の内容
- CAPM(資本資産価格モデル)
- CAPMの概要
- CAPMの前提
- CML(Capital Market Line、資本市場線)
- CMLと効率的フロンティアの接点
- SML(Security Market Line, 証券市場線)
- CAPMの式の理解
- 1. 個別証券のリスク・プレミアム
- 2. リスクの市場価格
- 3. 限界寄与度
- CAPMとSML
- 最後に
前回の「ポートフォリオの最適化(平均分散法)」の記事では、複数の資産に投資する場合の、最適な投資比率の考え方をご紹介しました。
今回はその考え方を元に、金融の世界でもっとも有名な価格モデルのひとつであるCAPM(Capital Asset Pricing Model:資本資産価格モデル)をご紹介します。
CAPMの概要
CAPM(Capital Asset Pricing Model:資本資産価格モデル)は、1964年にWilliam F. Sharpeによって発表されました(表題:"Capital Asset Prices: A Theory of Market Equilibrium under Conditions of Risk")。これは、金融資産の期待リターンの推定に使用されるモデルで、そのシンプルさ故に広く知られており、特にインデックス運用の理論的な裏付けとなっています。
個別証券の期待リターンを、市場ポートフォリオの期待リターンとリスク(標準偏差)をそれぞれ、、無リスク利子率を、との共分散をと表すと、は、次の式で推定できます。
特に、 とすると、 これは市場ポートフォリオに対する証券のリスクを意味しますが、
と表すことも多いです。これらはCAPMとして知られている式です。
もう少しかみ砕くと、個別株の期待リターンを推定するために必要なのは、株式インデックスの期待リターン、無リスク利子率(政策金利と同等)、株式市場に対する個別株のリスク値だけである、ということを表しています。
それで?と感じられるかもしれませんが、このシンプルな関係こそがCAPMの凄いところです。
また、CAPMが示唆していることは、以下のようにまとめられます。
- 最も効率的なポートフォリオは、市場ポートフォリオ(=時価総額加重型ポートフォリオ)である。
- 市場ポートフォリオの期待リターンを求めれば、個別証券の期待リターンが推定できる。
- 個別証券の期待リターンは、そのリスクの大きさに比例する。
それぞれのポイントについて、順を追ってご紹介していきます。
CAPMの前提
CAPMは、以下のような前提の下で成り立つモデルです。
- 全ての投資家は、市場に対して同一の見通しを持っていて、平均分散法により自身の投資ポートフォリオを最適化している
- 全ての投資家は、合理的でリスク回避的である
- 全ての投資家は、無リスク利子率で無制限に借り入れができる(レバレッジを無制限に利用できる)
- 全ての資産は、空売りが可能
- 全ての資産は、どんなに小さな単位でも取引可能
- 市場は効率的であり、取引コストや税金は発生しない
現実世界とはかけ離れた前提ではありますが、これらの前提を元に話を進めます。
CML(Capital Market Line、資本市場線)
ここから、無リスク資産(無リスク利子率)と、複数の証券が存在する市場を考えていきます。無リスク資産は銀行預金や(短期)国債などを表し、証券は株式などを表しています。
複数の証券に投資をする場合、様々な投資配分を考えることができます。リスク・リターン効率のよい投資を考えるために、前提にもある通り、「平均分散法」を用います。これにより効率的フロンティアを考えることで、シャープレシオが最大となる投資配分を計算することができます。
下の図のように、無リスク資産が存在する場合、無リスク利子率から効率的フロンティアに引いた接線が、シャープレシオ(傾き)最大となります。この接線を、資本市場線(CML, Capital Market Line)と呼びます。CML上に存在するポートフォリオは、シャープレシオ(傾き)が最大の線上に存在するため、最も効率的なポートフォリオとなります。
CMLと効率的フロンティアの接点
さきほどの前提の下では、全ての投資家が、市場に存在する各証券に対して同一の見通しを持ちつつ投資を行い、しかもそれが最適な投資配分になります。このとき、市場に存在する証券の総額を投資家全員で分け合っている状態であるということを考えると、全ての投資家が各証券を時価総額の比率で組み合わせて投資していることになります。
このような時価総額加重型ポートフォリオを、市場ポートフォリオと言い、図中の接点に該当します。つまり、最も効率的なポートフォリオは、市場ポートフォリオ(時価総額加重ポートフォリオ)である、ということになります。例えば、日本株の市場ポートフォリオの例としてTOPIXが挙げられますが、日本株投資ではTOPIXこそが最適ポートフォリオであるということを表しています。逆に言えば、日本株投資ではTOPIX以外を買うことは非効率であることを意味しています。これはまさにインデックス投資の合理性の裏付けとなっています。
無リスク利子率をとし、図の接点に該当する市場ポートフォリオのリターンとリスク(標準偏差)をそれぞれ、とすると、CML(資本市場線)を表す式は、下のようになります。
CML上の点は、無リスク資産と市場ポートフォリオの任意の組み合わせを表します。全ての投資家は、彼ら自身のリスク許容度の大きさに応じてCML上の点を選択することで、最適なポートフォリオが決まります。
市場ポートフォリオを100%保有する投資家であれば、接点を選択することになります。それよりもリスクを抑えたい投資家であれば、例えば国債に30%、市場ポートフォリオに70%配分することで、CML上でリスクの低い点を選択することになります。
SML(Security Market Line, 証券市場線)
CMLでは、投資家の最適ポートフォリオを表す式が表現されました。さきほどの前提とCMLをベースにすると、個別証券と市場ポートフォリオの関係を表す、下のようなCAPMの式が導出できます。
個別証券の期待リターンを、市場ポートフォリオの期待リターンとリスク(標準偏差)をそれぞれ、、無リスク利子率を、との共分散をとすると、
また、 とすると、 次のようになります。
CAPMの式の理解
ここからは、CAPMの式を構成する要素の概要を簡単にご紹介します。
1. 個別証券のリスク・プレミアム
リスクプレミアムとは、無リスク利子率をどの程度上回るリターンであるかを表す値です。 個別証券のリスクプレミアムは、と表されます。
例えば、市場ポートフォリオのリスクプレミアムは、CMLの式でを右辺から左辺に移項させることで、以下のようになります。
均衡状態である接点(上図)においては、「1. 個別証券のリスクプレミアム」は、後述の「2. リスクの市場価格」と「3. 限界寄与度」 の積で計算できると考えられています。
2. リスクの市場価格
CMLの傾きを表すは、リスク()1単位を増減させるときの市場ポートフォリオの期待リターンの増減を表すので、「リスクの市場価格」と呼ばれます。
3. 限界寄与度
市場ポートフォリオを構成する個別の各証券は、市場ポートフォリオのリスクの増減に影響を与えます。個別の各証券が市場ポートフォリオのリスクの増減にどの程度寄与しているかは、限界寄与度と呼ばれ、となることが知られています。
以上から、個別証券のリスクプレミアムであるを、「2. リスクの市場価格」と「3. 限界寄与度」の積で表すと、
つまり、
また、 とすると、 次のようになります。
この数式を日本語で表現すれば、
個別証券のリスクプレミアム = 市場ポートフォリオに対する個別証券のリスクの大きさ × 市場ポートフォリオのリスクプレミアム
と理解できます。
CAPMとSML
CAPMの式において、については、証券と市場ポートフォリオの過去のリターンから計算できます(証券と市場の関係性が将来も変化しないとした場合)。また、無リスク利子率は、銀行預金金利や国債金利などと考えることができます。したがって、このCAPMの式が示唆していることの一つは、市場ポートフォリオの期待リターンを求めれば、個別証券の期待リターンが推定できる、ということです。
CAPMの式について、左辺のを右辺に移項すると、
となります。この関係を下図のように示した線を、証券市場線(SML; Security Market Line)と言います。個別証券について、市場ポートフォリオに対するリスクの大きさを表すが大きく(小さく)なるほど、その証券の期待リターンが大きく(小さく)なります。言い換えれば、CAPMは、個別証券の期待リターンは、そのリスクの大きさに比例する、ということを示唆しています。なお、個別証券のが1のときは、その証券の期待リターンは、市場ポートフォリオの期待リターンと同じになります。
最後に
CAPMの式はシンプルで分かりやすい一方、その前提条件が多く現実世界で適用できるものではない、という批判もあります。実際、多くの実証研究で、CAPMでは個別証券のリターンを説明しきれない、という結果が報告されてきました。その後、CAPMをベースに、モデルをさらに現実に近づけたものが次々と発表されています。CAPMを完全に信じて投資をするというよりは、このような価格モデルもある、という引き出しの一つとして考えておくのがよいでしょう。
執筆者
運用管理部
齋藤 裕介、CFA